大股集落から急坂を登り、萱小屋(かやごや)跡と呼ばれる廃屋跡を通り過ぎて、尾根を目指す。
萱小屋跡はかつて小集落のあった跡地である。『案内記』が伝えるところによれば[114]2件の民家があったようだが、1974年(昭和49年)刊行の『野迫川村史』は柏谷家という一軒家が宿屋を営んでいたとのみ記している[115]。この後、熊野記念館の調査報告には遂に無住の廃屋となったことが報告された[116]が、2002年に宇江が訪れたときには廃屋すらなくなり、残骸のみになってしまった[117]。
萱小屋跡を過ぎ、弘法大師が捨てたヒノキの箸からヒノキが生えたとの伝承がある(『案内記』[111]および『めぐり』[112])檜峠で尾根道に合流する。夏虫山の側面を巻きつつ進むと、「かうやより くま乃みち」と刻まれた六字名号碑の道標に出会う[118]。この道標のある場所は、護摩壇山・伯母子峠・伯母子岳山頂への分岐点となっており、古道は山頂東側の峠を通る。
峠からはなだらかな下り道をたどり、上西家跡の分岐に着く。分岐からは山腹を巻きながらふもとへ下る旧道と、尾根近くを通る古道に分かれる。旧道は近世ないし明治以降に作られたと言われているもので、古道は2003年(平成15年)に復旧されるまで通行不能だった[91][92]。
古道からは大師堂があったと伝えられる(『めぐり』[112])水ヶ元、大塔宮伝説や石垣をめぐらせた屋敷跡がある(『めぐり』[112])待平を経て、三田谷橋近くの下山口で神納川のほとりに降りる。
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伯母子峠
伯母子峠(おばことうげ)は小辺路の最高地点(標高1220メートル)である。伯母子岳(1344メートル)の東側を巻く。大正6年(1917年)の建立と刻銘された道標があり、裏面には「スグ十津川ヲ経テ熊野道」とある[119]。この道標には寄進者の名が刻まれており、十津川村折立の林業家であった玉置義章と前述の池尾馬之介の名がある[119][120]。
上西跡
上西跡(うえにしあと、資料によっては「植西跡」「上西家跡」とも)は、明治頃まで街道宿を営んでいた上西家の遺構。古道に沿った高さ1メートルほどの石垣、20メートル×20メートルの平坦地、防風のための屋敷林や畑跡が残されている[119]。明治の頃には間口9間・奥行6間の豪邸があり、最後の住人が昭和初めまで住んでいたという